わかりましたよ。金星とか水星が太陽との間に入ると「日面通過」っていうんだって。見た目の大きさがやつらは小さいから、太陽との間に入ってもさして暗くならないし、よくわからない。だからあんまり話題にならないだけだって。
対して月は、地球から見た場合太陽とさして大きさ変わらなく見えるから、すっぽり隠しちゃうんだそうな。やるな〜月。
今日は集団面接の日でした。教員採用試験なので、集団討論する相手は現職か将来の先生方。楽しみだな〜と思って参加しました。
しかし私は、今まで集団討論なるものをしたことがないのですよ。模擬試験みたいなこともした事ないし。そんで、どういうもんかと思って心得みたいなものをまとめてくれているサイトをみてました。
なかなかみんな考えてますね。ただなるがままに任せてちゃいけないようですね。
その心得サイトは教職関係者の方が運営されてるんだと思うんですけど、一つどうしても気になった事があったんですよ。
「高校中退者・高卒者の離職について」
という議題で話し合う場合のレクチャーだったんですが、中に出てくる言葉って
「責任感」「人間関係のまずさ」「粘り強さを育てる」「キレる子ども→落ち着いた子ども」
だったんですね。そういった方向に議論していくんだよ的な。
私が課題を見たときに感じたものとは全く逆の、想像もつかない話だったんです。
その方の視点は、あるいは教育学的に、教育者的に言って、正しいのだと思いますし、人それぞれ視点が違うからこそ討論する意味はあるんですが・・・あまりのギャップに驚いてしまいました。
私が初め感じたのは「ステップアップ」です。
まさに私が高卒者なわけですから、そういった立場にあるものとしての視点だと思います。
高卒者とか中卒者ってとにかく就職の口が狭いんですよ。面接にすらいけない事が多々あるんですよね。そういう人たちが最初にする仕事って、肉体労働的なものが多いんです。接客とか生産ラインとか、土木、建築関係ですね。安い給料で夏は暑く冬は寒い職場で働き始めるわけです。でも、ずっとは嫌じゃないですか。
生活しないといけないですから、とりあえずはそういうところに働きに行って、働きながら次を探すんですよ。もっと条件がよくて、自分に合ってて、満足できるところ。
だから、最初のうちはころころ変わって当然だと思います。そうしながら、高卒や中卒の自分たちが、大卒者たちよりも有利になれる条件を稼ぐわけです。つまり経験です。
横並びの人材で誰を採用するかという話になれば、とりあえず高学歴なものになります。でも、それをおしのけて魅力的なものというのは、経験があるかどうかです。現場だって大変なんですよ。少しでも役に立つ人材が欲しい。大企業ならまっさらな人間を1から育てる事も可能でしょうけど、中小にその時間も費用もない。だったら最初からある程度経験ある人を採用するでしょう?
早くから社会に出て働いている人は、粘り強いですよw人間関係が自分を守ってくれるものだとちゃんと理解していますからね。それに、次の就職口があるかどうかもわからないんですから、そんな簡単にやめたりキレたりできないんです。人間関係をまづくする張本人みたいな人って自分にはストレスかからないから、案外長い間居座ってますしねw
教育者としてそういう現実と向き合う時に気をつけるなら、「決めつけない事」が一番大事なんじゃないかと思うのです。
人間、色々ありますもの。学校行けなかったり、行きたくなかったりする時だってあるし、中退したっていいじゃないですか。小学校中退なんていう驚くべき経験をされた方もいらっしゃるし、中学時代から荒れに荒れていた人もけっこういっぱいいるんじゃないですかね?でも、だからって人生決まらないですよ。世間的には決まるような感じですけど、実際は決まらないです。
だからつきつめて言えば、「死ぬまで希望する力を持ち続けられる」教育が大切なんじゃないかなと思うんです。自分はドロップアウトしたから、もう後がないとか、なりたいものにはなれないんだとか、自分で決めちゃったらそれ以上は進めないでしょ。どんだけ馬鹿にされても、誰に期待されなくても、自分だけは常に自分を信じていること。それが「生きる力」だと私は思うのです。
なんだか最近の教育って、ほそいほそい一本のロープの上を団子になって歩かせるような感じを受けるんですよね。とにかくその細いロープからおっこちないように指導することが教員の使命みたいな。
こう言っちゃうとミもフタもないけど、そんな細いロープじゃ落ちちゃうからw
というか、落ちちゃう子達の方が圧倒的に多いんじゃないですかね?
「落ちた後は知らないよ。だって先生は落ちた事がないんだから」
なんて言われたら絶望しちゃいますよね
(最近弟にすすめられて「絶望先生」みてますw)
中卒者、高卒者は人生の落伍者であるかのような思想は、まちがっているし、もしそういう思想を生徒に教えてしまったら、その子の生きる希望を奪う事になると思うんですよね。あるいは差別意識?早くから社会に出て働いてきた人に対して、自分の方が学歴が上だから偉いなんて言う人は、自分で自分の視野の狭さを露呈していると思いません?
教育の目的はその人の幸福でしょ?その子が幸福になったらきっと、その子の家庭もいいほうに変わっていく。家庭が変われば地域もかわるはず。そのために先生方は必死になって頑張ってるんですよね♪
どんな状況になっても幸せになれる力を、子ども達に伝えたいですね。
今日の集団討論でも、やっぱり私の視点は皆様のそれとは少しずれているようでした・・・予想していたので楽しめましたけどねw
人と違う視点、人と違う考え方
それらは私が恥と思わない限り
ほかの常識的視点を取り込める限り
私の長所であり、使命です
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