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思うこと考えること

喜怒哀楽、ぶつかって磨かれる日々

毎日、毎日、喜んだり怒ったり悲しんだり楽しんだりしながら、すごしています。
それはとても疲れることではあるけれど、とてもありがたい、素敵な事でもあります。
ダイヤを磨けるのはダイヤだけ。人間も同じ。人間を磨けるのは人間だけ。自分という人間を使って、体当たりしながら子ども達のかくれた輝きを掘り出そうというのです。疲れるよね〜w
教育しなければならないのは、まず自分自身だなと最近強く感じています。

今日は朝から、怒っていましたw
人を傷つける行為をした時は、怒るというのが私のパターンなのですが、その傷つけた理由も身勝手なものだったのです。「だってなんかむかついてんもん」とか「オレの前に立つから悪いねん」とか、やくざかと思うような理由でいきなり暴力をふるうというのが、もう腹がたって腹がたって。
大人が怒っても、へらへら笑うか、逆ギレするかのどちらかなのです。
もちろん、知識として子どものそういった行動の理由とか、背景とかも分かっているのですが、最近ひどすぎてちょっと疲れ気味になっていました。
来年になったら、厳しい先生のクラスに入れようかといった話も出ているのを知っているので、今のうちに自分で自分の気持ちをコントロールするすべを学んでほしいという焦りも出てきていました。
基本的に私は褒めて伸ばしたいと思っています。厳しくするところも必要だと思っていますが、威圧的な態度で接するのは教育的には最も効果が少ないと思うからです。
褒める観点を探して子どもを見るためには、自分の精神が落ち着いていることが大切だと思います。でも、最近の体調不良やら疲れやらで、どうも自分の精神が落ち着かない。自分の精神が落ち着かなければ子どもも落ち着きませんよね。
悪循環ですね。

焦りがあったな、というのと少しずつ良くなってきているというのに気付かせてくれたのは、子ども達でした。
褒められる事、感謝される事が彼らは大好きです。
一人がマッサージをしてくれたので御礼を言うと近くにいた子が次々やってくれて、「うまいね。いつも誰かにしてあげてるの?」と聞いたら家族のためにマッサージしてあげてるんだよという話が色んな子ども達から飛び出しました。優しい気持ちはどの子も持っています。
落ち着いて勉強できないで、少しでも間違うとテストでも何でもびりびりに破いてしまうという子に、分からなくなる前に説明をしたり、できたところをこまめに褒めたりしていたのですが、今日その子が「笑わんといてな」といって、ノートを持ってきてくれました。
算数の問題文をつくるという学習で、今までなら「もう分からん」と言って投げ出していたことが多かったのです。見てみると、最後の文章の表現が少しおかしい。
「とっても上手にかけているけど、最後の文章を直した方が、もっと完璧になるね」といって説明しました。
そこから直して、またその子が持ってきます。やっぱり少しおかしいということで、「ここだけ直してきたら、とっても素晴らしい文章になるよ」と、またお直し。今までは1度のお直しで、もうやる気をなくしていたのに、今日はできるようになるまで、何度も挑戦していました。最後に「何回も何回も、お直しして、とってもがんばったから」といって花丸を付けると、子どもらしい顔でにっこり笑って、次の問題もおちついて取り組んでくれました。
こんな時、とっても嬉しくなります。分からないと言って、授業中に暴れていた子が、何回も挑戦するだけの強さを身につけたのですから。子どもの成長ってすごいですよね。定着させるにはさらなる努力と継続が必要になると思いますが。
帰る時になると、その日一日の振り返りカードを子ども達に書いてもらう事になっています。○、△、×を、それぞれの項目につけるのです。
それで、朝私が怒っていた子のカードをみて、ハッとしました。「きまり」に×、「仲良し」に×が記されていたのです。どんな気持ちでこの子はこのカードに×を付けたんだろうと思うと、自分のふがいなさに申し訳ない気持ちになりました。
この子にしてみたら、自然とそうしてしまうような事が、まわりの迷惑なっているのです。しかもそれを自覚して、それでもやめられない。私にもっと力があれば、この子の心理的負担を減らして自然と自分をコントロールするすべを会得させてあげられるのに。友達に手を出すことで、一番傷ついているのはこの子自身なんじゃないだろうか。そう思いました。

私にもっと力があって、経験があって、知恵があれば、子ども達はもっと活き活きとのびのびと、自分を成長させていけるはずなのに。そう思うとますます自分を磨かなければと感じます。
もしも私の担当するクラスに何の問題もなくて、日々悩む事がなかったら、私はここまで悩んだり勉強したりしなかったでしょう。
そう思うと毎日問題を起こしてくれている子達に本当に感謝ですね。私はあの子達に育ててもらっているのですから。
そして一緒に育っていく、そういう自分でありたいし、そういうクラスを作りたいです。
冒頭に、私が子ども達を磨くという表現をしましたが、正しく言うなら一緒になって、ぐるぐるぐるぐる、お互いにぶつかりながら、お互いを磨いているのです。そこには大人も子どももなくって、教える側も教えられる側も、常に一体。
1年たったときには、私も子ども達も、さていったいどんな輝きが出てきているんでしょうね。

手指を使う

今勤めている学校には本当に多種多様な先生がいらっしゃって、それぞれの考え方、立場をもってらっしゃるので、何か理由をみつけては頻繁にお話を伺ったり、または相談したりしています。
同じ出来事でも、それぞれの角度から専門的な意見を聞けるのは、とっても勉強になります。
それで、こないだそうやって話をきいていてこれは覚えておきたいなと思ったので、メモ代わりというか日記代わりにココに書いておこうと思います。

保健の先生が「あの先生の図工に対する考え方は素晴らしい」と褒めてらっしゃったので、本人に直接伺った時の話。一年生の担任で、ユニークな人柄が私も大好きな先生なのです。
その先生が図工の先生をされていたとき、6年生になってもカッターをつかえない、彫刻刀ものこぎりもつかえないという子どもがたくさんいたそうです。ちぎるとかひねるとか、そういう動きが苦手な子ども、力加減がどうも分からない子ども、最近は増えてきているそうです。そして、粘土いじりなんかは、高学年になっても気持ち良さそうに「ここツルツルしてる」といって楽しんでいる。
そういう様子をみて、なるほど最近は生活が便利になって今まで当たり前にしてきた手指の動きをしなくなったり、外で遊んで色々なものをさわってみたりという経験が少ないのだなと感じたそうです。
そこで、今回一年生の担任になったときには、おもいっきり色々なものに触れさせて、手指を使わせようと思ったそうです。
確かにそこのクラスの子どもは、みんな平気で虫を触れるし、は虫類も得意です。教室やその前の廊下にまでとってきた生物でいっぱいです。こないだ芋掘りをしたときも、虫の幼虫やらトカゲやらがいっぱい出てきたので、うれしそうに家にもって帰っていました。

図工をするときも、ちぎり絵は、はさみを使わせないで指で思う形に色紙をちぎらせたそうです。ノリも、洗えば落ちるといって、指でつけさせるとか、水彩絵の具で背景を塗る時はスポンジにしみこませて、そのままゴシゴシと画用紙に色を塗らせたそうです。「よごれてもへっちゃらな子にしたい」のだそうですw

おもしろいこだわりだなと思った事は、先生のクラスではできるだけセロテープを使わないようにしていること。なんでもセロテープで元どうりになると思っている子どもが多いのでそうしたのだそうです。例えばモノサシが折れたとき、たいていはみんなテープでぐるぐる巻きにしてしまうんだそうです。でもそれだと見た目が美しくないし不器用なまま。
だからボンドを使わせるんだそうです。注意して割れたところにボンドをさして、気をつけてくっつける。しばらくまって、はみ出したところはきれいにふいて。手間はかかるけれど、ボンドを使う方が頭も指先も使うしなにより出来上がりがきれい。そういう美的感覚も持ってほしいんだそうです。

「あとは、カッターを使えるようにしないとね」とおっしゃってました。私もよくカッターを使います。鉛筆はカッターで削っています。芯の先が尖らないので、安定して文字が書けるし危なくない。なにより鉛筆削りだと芯まで削ってしまってもったいないので、カッターで削っているのですが、これがなかなか楽しいのです。最初に粗く大きめに削った後、滑らかになるように整えて削ったりして。そういう作業が心を落ち着かせてくれるので鉛筆削りは私の癒しなのですよw
刃物というのは危険なものです。だからこそ、ちゃんと触らせておかなければならないものなんだと思います。注意をして扱わなければならないし、工夫をして操らなければならない。火もそうですね。
でも、今そういう緊張感をもって扱わなくてはならないものって、少なくなった気がします。食器だって、乱暴にしても割れないし、コンロだって火を使わないものも増えている。注意する集中する機会が減ったような気がします。
それが原因なのか、注意するとか、集中するとかそういうことができない子も増えている気がします。

「注意や集中」
なんだか今読んでいる本に、関連づいてきたなと感じてきたところで、この記事は終えておこうと思います。

苦労は自分を裏切らない

教員採用試験の結果が出ました。
2次は不合格でした。
ショックを受けた部分もあります。努力が報われなかったとか、同じく勉強していた人たちが受かっていたのに自分は落ちてしまったとか。家族の期待に応えられなかったとか。これが一番大きいかな。私がしっかり働いて家族を支えなくてはいけないのに。
でもまあ、結果が出た事について思い悩んでも仕方がない。一晩寝たらそういう気持ちも気にならなくなっていました。
よかったと思える部分もあります。挑戦できる明らかな目標がまだあること。わかりやすい目標だし、何を努力すればいいのかもわかりやすい。とにかくそれにむかって、その力を付けていけばいいわけだから。そういう時期が一番おもしろいし一番成長しやすい。長い付き合いですから、自分のそういう特徴もわかってきています。
それに、順風満帆じゃないほうが、私らしくて落ち着きますw
貧乏性というか苦労性というか。真っ直ぐ最短距離でなんて歩いたことがない人間ですから、道の先が見えている状態って逆に不安。職人の娘らしく、下積みがないと一人前にはなってはいけないと思っています。今の私にはまだその下積みが不十分。
30年近く生きてきて、苦労した事は無駄にはならないと知っているので、苦労して努力できる場所のほうがありがたいです。

最近よく、教育関係の本を学校から借りてきて読んでいます。試験対策にと職場の教頭先生に勧めていただいたのですが、これがなかなかおもしろくて、そのまま何冊も借りては読んでを繰り返しています。
会社で働いていた時は、そういう本や勉強は「ただの趣味」として周りからも見られていたし、私自身も仕事と結びつけて考える機会も習慣もありませんでした。
でも今は、自分の興味や勉強が仕事にも活かされるという環境なんですね。不思議な感じがするし、ありがたいことでもあります。
だって普通は、人間性を磨く事と、仕事でお金を稼ぐ事はイコールではないでしょう。

お金を稼ぐってことは、生きる糧を得る作業だから、辛くても嫌でもやり通さないとお金はもらえない。空き時間に本を読んだり、勉強したり、そんな事は仕事とは関係ないのだから。つまりは、仕事上で結果を出さないと、その間の努力はないも同然。その結果は時間だったり、お金だったり、契約だったり、顧客の満足だったりと色々だけど、とにかく成果に応じて賃金が支払われる。
勉強してても誰も褒めてはくれないけれど、勉強していなければ誰も認めてくれない。知識の量だけで通用する仕事って実はあんまりなくて、知識をうまく活用できる知恵のある人がすなわち仕事のできる人だと思うのです。
難しいですよね。人間性がすばらしくても、それでご飯食べられないし。だからって、人間性を磨く事をほったらかしにして、お金だけもうけても、それは幸せとはいえないし。
色々とバランスをとりながら、試行錯誤しながらも、自分らしく納得して生きられるように、大いに悩んでもがいていく。その苦しみと楽しみといったら☆

最近ふと感じるんです。今まで生きてきた世界と、今生きている教育の世界の温度差を。全く違うわけではないけれど、温度差はある気がします。
だからこそ、「私は一人の教員であるまえに、一人の人間である」ということを絶対に忘れたくない。周りと比べて毛色が違おうが、考え方が違おうが、それが私という人間の本質に関わる事なら、教員としてよりもまず人間として行動すべき。
私という人間が「教員」という服を着ているだけで、教員という人種に生まれ変わらなければならないわけでもなんでもないんだという感覚を、忘れたくないですね。まあ、周りはそういう目ではみませんがw

私にしかできないことが、絶対にあるはず。私にしか言えない言葉、私にしか伝えられないこと。
そう思うと、今回の結果はとっても私らしい。数年後、笑って子ども達に伝えるにはいいネタになりそうです。

モテ期って、食べ物ですか?


ブログ学園

ブログネタ: 【ブログ学園】モテる大人の条件って何だと思う?参加数拍手

自分はもてないので、よくわかりませんが、男性だったらこういう人に憧れるなとか、女性だったらこういう人に憧れるなというのを書きたいと思います。
友達とか、恋人とか、そういった関係の人だとしたら、「自分をアクティブにしてくれる人」に憧れます。一緒にいてて楽しいし、そういう人生や姿勢ってあこがれる。
つまりは、そういう人は経験値が高いのだと思います。いろんな国を旅したりいろんな経験をしたり、ボーダーラインがとても大きいので、包容力が大きいのですが、それだけではないのです。自分もできるかも、自分も一緒になってやりたいと思わせてくれる人というのは、「包容力が大きい」というだけでは、収まりきらないと思います。
のせるのがうまいのか前向きなのか、まわりをひきつけてどんどん一緒に進んで行く人というのは、男性でも女性でも、憧れます。まあ、前向きという要素は大切だと思います。ただ前向きなのではなく、常に前向き。つまりは「あきらめない、へこたれない」ということなのかもしれません。

じゃあ、なんで「思いやり」にチェックをいれたかというと、それは最低条件というか・・・
自分がどうしてもあわないと思ってしまう人というのも、悲しいかないるのです。例えば、お年寄りとか子どもとかに対してひどい扱いをするとかね、人が傷つくような事をわざとしたり、それを喜んだりするとかね。まあ、ここまでいくと性格云々ではない気もしますが、ちょっとそういった人とは友達になるのは難しそうです。子どもでそういう特徴の子がいますが、それはその子自身というよりそれ以外が問題の事が多いので、それでつきはなすことはないです。というか、自分が受け持った子どもを投げ出すくらいなら最初から、この仕事は選んでいないので、そこは別問題。
ただ、大人でそういう人たちとわざわざ付き合いをもとうというほど、気持ちに余裕はありません。

では、結婚するならどんな人がいいんでしょうか?
これも深く考えた事がなかったのですが、「この人とだったら苦労してもいい」と思えるかどうかだと私は思っています。
いくら結婚前に経済力があっても、それがずっと続く保証なんてないんだし、経済的なこと以外にも色んな困難があるわけです。それを乗り越えて行くにあたって、一緒に戦って悔いなしと思える人かどうか、これ重要じゃないですか?
書いてて思ったのですが「戦友になれるかどうか」と言い換えてもいいですね。
そうなると、最初の「まわりをアクティブにしていける人」というのは、つながってくる気がします。
結局私は、そういう経験値の高い、しかも常に前向きな気質を持った人に憧れるということでしょうか。
世界中をめぐってそういう人を探し当てられたらいいなぁと、思っております。

まあ、ぶっちゃけ、おらんかったら私がそういう人になって、亭主のお尻叩いたらよろしねけどね。
それは、あまりにも毎日つかれそうやからねぇ。夫婦ともにw

長さと高さと、世界の大きさ

年々、時間が短く感じるようになるというけれど、さもありなんと思う今日この頃。
子どものときは、1時間も長く感じたし、一日なんてもっと長かった。大人になると一週間でも、あっという間にすぎて行く。でも、よく考えたらそれはそうだろうなと思う。
例えば8歳の子だと、1年といえば、人生の8分の1になるわけですから、そら長く感じるよね。私にしてみれば3〜4年ぐらいの期間を、彼らは1年だと感じているんだろう。
1秒の長さは同じでも、自分の人生と比べてみたときの長さは年齢によって変わってくる。そして時間のながさっていうのは自分の生きてきた間にしか感じる事ができないもの。自分の生きてきた時間の長さと比較して時間を感じるというのは至極まっとうな計り方なんじゃないだろうか。
同じようなものに、ものの大きさもあると思う。
自分の目線の高さを基本にしているので、子ども達の世界はまだまだ広い、そして大きい。
大人の私にとって一またぎできる跳び箱も、小さな子ども達にとっては自分のまえに立ちふさがる大きなかべに違いない。
こないだの体育の時間、鉄棒だったのだけれど、ひとりぽつんとすわっている男の子を発見。
「どうしたの?やってみようよ」
と声をかけてみる。その子の話によると、自分はまだ背が小さいので一番ちいさい鉄棒しかできないのだそうな。でも、それを見られると友達にからかわれる。だからやりたくない。とのこと。
となりで一緒にやるよ、との提案にも、彼はかたくなにクビをふる。
結局時間がきてしまって、その男の子は挑戦できなかった。
運動場から帰る時に、「鉄棒にタッチしてから帰りましょう」と、一番高い鉄棒をゆびさして先生の指示があった。もちろん、鉄棒の横の支えに触れるだけでもいいのだけれど、背の高い子達は鉄棒の持ち手の部分をジャンプして触れてから帰って行く。
私も教室に戻ろうとした時、さっきの男の子が一人鉄棒の下でジャンプを繰り返している。同じような背丈の子達は、鉄棒の横の支えだけふれて帰っていくのにその子だけは何度も何度も飛び上がっている。みんな帰ってしまって、誰もみていないのに、何度も何度も挑戦している。なんともいじらしい。
「わ〜、がんばってるねぇ。すばらしい。そんながんばっている君に先生が少しだけお手伝いしてあげよう」
と、声をかけて、彼が飛び上がった時に持ち上げて、鉄棒にふれさせてあげた。
「次は一人でもできるようになるよ」
と私が言ったら、「ありがとうございました」と丁寧に頭をさげてちょっと得意げに笑っていた。
同じ場所にいるのに、彼らの世界は私の感じるよりもずっと広いのだろうと思う。そして、そんな広い世界にいつも挑戦している子ども達は、大人が思うよりもずっと立派だ。

大人の領域


ブログ学園

ブログネタ: 【ブログ学園】あなたにとって何才から大人だと思う?参加数拍手

18歳というのは、私が働き始めた年齢ですね。「あなたにとって」とあるので、私が自分が大人だと腹をきめたのは18だったよという意味で。18歳から大人。 18と20で変わった事って、お酒が飲めるかどうかぐらいで気持ち的にはなにも変わらなかった。今も、あまり変わらない気がするけどw それははたして、その日から大人だったからなのか、いまだに子どもだからなのか・・・ でも明確に、高校生だった時と働き始めたときは、違うと感じるのです。生活が一変しますものね。経済的にも、今までは親に借金して生活をしている感覚だったのが、18からは親にお金を返していくわけですからね。 大人の条件は「自分で自分の行動の責任をとれること」だと思うのです。家はありがたいことに、小さい時からそういうことは言われてきたし、そういう教育をされてきたと思っています。でも、本当の意味で責任とれるようになるのは(日常生活の中でなら)自分でお金をかせいでくるようになってからだと思います。法律的なことに触れない範囲でいえば、責任をとるって、労働とかお金に関する事になってくるからね。 なので私は働いて給料を得てからが大人かな?と。 ただ、大人になるっていうのはゴールではないので、「大人がはじまる」という感覚です。どういう大人になりたいかは、自分でプロデュースしていくわけで。うむ。自分で自分をつくっていくのも、大人の条件かもしれませんね。

凱旋?

今日は初出勤でしたよ♪
バッタバタしてましたwあっち行ったりこっち行ったり。
まだ補助という役割が分かりきれていません。とにかく担任の先生が授業しやすいように、子ども達がたのしく授業受けられるようにお膳立てするのが私の仕事なのだと考え、できるかぎりのことはやってきたつもりですが・・・
みんな覚えていてくれました。やっぱり色々やっとくもんですね。特に楽器を演奏したことは印象深かったみたいです。
クラスは、まあ、去年と変わらずといった様子でしたね。このクラスで一日授業するのか〜と考えると、Xデーまでに色々勉強しとかないといけないなぁ。
今日は午前中までしかいなかったのですが、月曜にしては落ち着いていたなと思います。これも2年生になったから?
変わらないのは、甘えたい褒めてもらいたい、かまってほしいと皆思ってることでしょうか。
担任の先生なら「平等に」というのをつねに心がけるところですが、幸いにも私は補助という立場。その子が満足するまでつきあってあげるということができます。ずーっと一人につくわけじゃないけど、甘えたい気分の時ってありますものね。その日によって心のバランスもちがうだろうし。とにかく一人一人に寄り添っていきたいと思いました。
ふざけて走り回る分には、見てて安心できるんです。先生にかまってほしいとか、注目されたいとか、そういうのがわかるふざけ方は、微笑ましいですよね。でも、心の痛みを吐き出して暴れてるのを見ると、こちらも心が痛みます。生半可な対応はできないし、どうしたらこの子の痛みを取ってあげられるんだろうと真剣に悩みます。
今日はそういう暴れるを見なかったから、すごく楽でした。
正直不安もいっぱいあった初出勤ですが、次が楽しみだと思って終えられました。

Pay it Forward

打ち合わせに行ってきました。
来週から学校へ先生として勤務します。
ほんっとに猛プッシュしてくださったようで、
「○○先生が、このは先生の事「実習生であれだけ教えられる先生は見た事ない。ぜひ呼んだ方がいい」って言うてはってなぁ」
と校長先生から経緯を話していただきました。
もう、感謝してもしても足りないぐらいです。
改めてその先生に御礼を言うと
「その笑顔と声、待っとったよ。うちの学校には先生みたいな人が必要なんよ」
と激励してもらいました。
さすが先生、褒めるのうまい。もうそんなこと言われたら全力でがんばろうという気持ち以外おこりません。
ペイ・フォワード
恩返しの気持ち、感謝の気持ちは、学校の子ども達にかえしてこそ、その先生も喜んでくださるのだと思うので、がっつり準備に入りたいと思います。
補助という立場上、自分の肝に銘じておきたい誓いをたてました。

1、担任の先生を守ること
2、子ども達の立場に立ってすべて考えること
3、関わる人すべてに勇気と希望を与えられるような行動をすること

似たような誓いを10年前、マーチングバンドの副パートリーダーになったときにたてました。
たてておいてよかったなと、今でも思います。苦しい事悲しい事、色々あるのは当然だから、道に迷わないように、指針を持っておくのです。努力する方向を見失わないように。
人間ですからイライラしたり、意固地になったりします。そういう時にも思い出して、正しい方向へ進むためには、こういう誓いが必要です。
さて、ここからが本番☆

登ったのじゃなく、押し上げてもらったんだよ。ありがとう

なんだか色々としているうちに、けっこうな月日がたってしまいました。
3ヶ月なんてあっという間ですね。
3月中には講師としての働き口を見つけたいと思っておりました。
そして、教育実習で行った先の学校が、いいな〜とも思っておりました。
どちらも三月最後の日に実現しました♪
実習で行った小学校に今度はちゃんと先生として戻る事になりました。クラス担任ではないけれど、実習でうけもったクラスの子達ともかかわりながら仕事ができそうです。
ちゃんと授業できるかしらとか、児童と仲良くできるかしらとか、不安はあります。
でも、不安なんか放っておけばいい、ようは自分がどうありたいか、どうしたいかだと思って前進あるのみです。
自分のいる場所を、「一番成長できる場所」だと思っているし、そう思える事がとても幸せだと思います。
私の事を推薦してくださった先生方や、選んでくださった校長先生に恩返しできるように、力をつけていきたいです。
実習に行く前は、教師は一人でクラスの全責任を担うもので、とてもたいへんそうだ。と思っていたけれど、この学校で実習して、教育はチームプレーで行うものだと知りました。もちろん、担当しているところに関しては責任感を持って進めていくのですが、決して一人ではない。
変な話、自分も生徒の気分です。学ぶがわであるという意味で。先輩の先生と、子ども達に、たくさんのことを学ぶ側。
たとえ弱い木でも、支えが強ければ強風にもたおれない、どんなに強い木でも、支えるものがよわければ、倒れてしまう。
という意味の言葉をしおりにしていただいた事があって、それは私がマリンバを演奏した御礼としていただいたものなんですが、忘れたくない言葉として手元においています。
ともすれば、自分のワンマンになってしまわないように、支えてくださっている方々への感謝をわすれないように。そして、勇気を出して人の中へ飛び込んでいけるように。
「つくろわず、自分らしく、ありのまま」が実は一番強いんだという事を、最近になって実感しています。素直な人が一番成長する。
そして、だいぶ素直に自分を出してきているにもかかわらず、ついてきてくれている後輩や、友人や先輩達。本当に感謝ですね。

ポパイ

生きてますよ。生きてますとも。
なんか地味に忙しかったりするのですが、良い事ですね。
今年もゴールデンウイークに和歌山でパレードすることになりました。私は出ませんがねw
その準備に明け暮れています。
何事も準備が一番大切ですよね。先に手を打っておけば後で予定がくるっても、対応できるし。何より余裕ができる。いつもは準備などできない私ですが、今年は少し成長しようと、準備にいそしんでいます。先読みして、「これは必要になるはずだから、もう先に作っちゃおう」みたいに作業を進めるんですが、私一人で決済できるものと、そうでないものがあります。
判断を下す人と、私の間で温度差があると、食い違いで苦しくなったりもしました。
一週間も二週間も前から最終チェックお願いしてたのに、締め切り前日に手直しとか・・・手直しとか〜〜
それも、何回も同じような事あったりとか〜〜
ちゃんと意思疎通できてなかったのだなと、後で反省しました。
自分の意志をちゃんと伝えてなきゃ、そりゃむこうのペースでしますよね。
ここへきて、「ほうれんそう」を痛感させられていた、まだまだ青い、このはでありました。
今年は私的にプレミアムな年なんですよ。だから、大成長できる年なんです。
大成長できるってことは、自分の一番弱いとこ、人に見られたくないような汚い、痛い傷。そういうのが容赦なく浮き出てくるってことなんです。そういうラスボス的な自分の課題と向き合って、一個一個乗り越えていくから、成長できると思っています。
「ほうれんそう」が苦手な自分をなんとか今まではなだめすかしてやってきたけど、それだけじゃだめなんです。やっぱり克服して自分のものにしてかないと、なりたい自分にはいつまでたってもなれないんです。
人の中に飛び込んでいく、人に心を開く、誰かと共に一つのものをしあげる。全部難しいし、本物の勇気がいります。そういう勇気を、今年の終わりにはみにつけて、一回り大きくなった自分でありたいと、思っています。

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詩集「言の葉」「ふまれ草」

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    二つの詩集にあったものを、ひとつにまとめておいておこうと思います。そのうち増えてくる予定。感想なぞいただけたら、嬉しいですo(*^▽^*)o~♪

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